小雨の井の頭通り

実際の人物はフィクションです

■ウエノ行脚2019

 我々のデートにはいくつか決まりがあるのだが、その中にこんなルールがある。

「(行き先は)肩肘を張らないところ」

このルール、一見するとお互いが心地よく遊びを楽しめるように設けてある良いものに聞こえるが、このルールに縛られすぎてしまうと冒険ができないということになりかねない。我々は常に緊張と緩和の絶妙な間を目指し外出を試みる。
今日はそんなルールというを脅かしかねない場所へ”チャレンジ”をして乗り込んだ。
行き先は、上野である。

 なぜ上野が「肩肘張るところ」になりかねないのか。
それは上野にはあらゆる文化が集っているからだ。上野駅を出てしばらく歩くとまず上野恩賜公園に辿り着く。ものすごい広さだ。

※公園広場の写真

そして上野恩賜公園はその広大な敷地に中にありとあらゆるものを揃えている。その1、東京国立博物館、その2、都立美術館、その3、上野動物園。さらに少し歩けば東京芸大もある。バケモノみたいに文化が集まっているその公園の中心にあるスタバのオシャレなことオシャレなこと。

スターバックス上野公園店の写真

びっくりするほど行列ができている。なんだろうあのスタバの奥にはトイストーリーマニアでもあるのだろうか。

「ここは選択の時だね」と彼女が横で眉間にしわを寄せている。

どういうこと?と聞き返すと、
「ここでスタバに迎合するかどうかで我々のスタンスが決まるんだよワトソン君」
いつから僕の彼女はホームズになったのか、
おそらく最近読んでいる漫画の影響だろうが、確かにその言葉には説得力があった。
ここでスタバに興じる事が出来れば僕たちはその後何食わぬ顔して美術館をはーとかふーんとか言いながら見て回り、人生観がどうとか言って帰路につくだろう。
しかしそれは僕らのデートと言えるのだろうか。
二人して怪訝な顔をしてスタバを睨んでいると、彼女が右手方向を見て声をあげた。
「あ、でも向こうにおしるこあるって」「オッケーGOだ」
我々はスタバを一蹴してすぐ近くの売店にでおしるこを飲んだ。これがジャパニーズフラペチーノ(絶対違う)。

 そもそも我々は美術館が苦手だ。
というのも、各作品をどれくらい眺めていいかもわからないし、理解してる風な雰囲気でカッコつけてしまったり、あまりに早く観終わってしまうとなんとなく損した気持ちになる。最終的には絵を観ながら勝手にタイトル大喜利を始めたりしてかなり浮くからだ。
だからこそ、この上野という地に集まっている文化に対しどういう姿勢で臨めばいいのか混乱してしまうのだ。
世の美術館デートをしているカップルたちはどうしているのだろう。みんなイギリス出身なのかな?
美術館に億劫になっている我々が上野公園をふらついていれば当然ここにたどり着く。

上野動物園の写真

「私動物園来るたびに思うんだけど、動物園ってすごい怖いよね」
園内に入ってフクロウを見ながら彼女がいう。
「なんか人のエゴというさ、鑑賞させよう感がすごい」
「まあ確かに、引きでみると結構な強引さがあるよね」
「あと動物園に入ってしまったことで、我々も(人間)という動物として閉じ込められてしまったという感覚に陥る」
「最近猿の惑星でもみたの?」
…なぜかものすごい暗い鑑賞の仕方をしてしまった。
上野は晴天というのに。動物園は盛況で人も多い、なかでもとりわけパンダ舎はとんでもなかった。ウッドストックでもやるのかとばかりの混雑具合。
彼女も僕もそこそこ気疲れをしていたので、行列を背にしてYouTubeでシャンシャンを観て満足した。

 上野動物園を後にし、次に向かったのは東京国立博物館、通称トーハクだ。
そこそこな値段の入館料をわざわざ払ってでも、ここには来たかった。
なぜならここは期間限定で様々なイベントを行っており、今日はその中でも稀有なビアガーデンイベントが執り行われているからだ。

※トーハクビアガーデンの様子

トーハクの面白いところは、特に展示にこだわる事なく唐突にイベントを繰り広げるところだ。秋口には野外シネマ上映会なども行なっている。
我々は博物館の鑑賞をものの15分で終え(主にハニワの命名を行なっていた)、中庭で展開されているビアガーデンゾーンへ急ぐ。
都立中学のグラウンドくらいの広さにベンチやテーブル、椅子などが雑多に置かれており、皆各々のスタイルで麦酒を飲んでいる。
とりわけ目立っていたのが、英国紳士らしき男性二人がテーブルでチェスをしながら飲んでいた事だろう。今日いちで”文化”を目で見た気がした。
彼女が我々も将棋を持ってくるべきだった、とか言っていたが僕たちは将棋のルールを知らないのにどうするつもりなのと聞いたら「お互いにずっと長考する」と言っていた。ルールに悩んでどうする。

座れるテーブルが空いていなかったので、スタンドテーブルで立ち飲みをしていたらおじさんがこちらに興味を持ったらしく話しかけてきた。
10分ほど世間話をしていたがお互いに会話の引き出しがわかりやすく空になり無言。沈黙に耐えかねた僕が離席を申し込んで彼女とともに戦線を離脱した。
トーハクを退場しながらお互いに先ほどのコミュニケーションの反省に入る。気持ちが落ち込む一行。
ぽてぽてと上野公園を進んでいくと、芸大の正門に行き当たる。
二人でなんとなく顔を見合わせ頷く。
気持ちが沈んでいる時にこそ、”冒険”が必要なのだ。

満を辞して芸大に侵入する。休日の夕方ではあったが、芸大にはまばらに人がいた。製作をしている人がいるだろう。
芸大内を散策。開始10分くらいで罪悪感もなくなり、我々は留年をしている芸大生をいう設定にすっかり楽しみを見出していた。
進藤先生の講義はほぼWikipediaの読み上げだ、とかゼミの米沢は伊集院のラジオのフリートークを自身の話として話しているだけ、とか概ね悪口なあたり、芸大生への偏見がみられた。

※芸大の時計台の写真

お互いにろくにものを食べていなかったので小腹が空いてきた。
食堂や売店を探してみたが、当然休日のためやっていない。
というかそもそも我々には買う権利がない。

芸大を後にし、お腹を満たそうと上野をウロウロ。
その過程で上野公園の逆方向にかのアメ横があるということを知り、急行することにした。(僕はアメ横巣鴨にあると思っていたので上野にあるという事実に腰を抜かし、彼女にかなりバカにされたのだが腹がたつので割愛)
アメ横に向かう途中、異質なものに出会う。

地獄の門の写真

ロダン地獄の門だ。道端にロダン地獄の門があることがなぜかすごく面白く、ニヤニヤしながら彼女と近づいた。

地獄の門接写

近くで見ると結構ディティールが細かい。そしてかなり重い。地獄の門とタイトルがつくだけはある。
彼女は僕の携帯で地獄の門の写真をかなり撮影し、なぜかロック画面にしていた。「iPhoneを開ける=地獄の門を開けるという行為が現代社会の闇を表現しており、スマホ依存を防ぐ…」とかなんとか言っていたがおそらく何も考えてはいまい。
どうやらこの地獄の門、原型石膏をもとに再現されたオリジナルらしい。
国立西洋美術館の展示物だが屋外にあるため無料で鑑賞できる。さすが国立、太っ腹だ。
地獄の門の鑑賞を終え、アメ横へ急ぐ。時刻は夕方だが、アメ横は昼からやっているのでもうすでに大盛況だろう。インターネットに書いてあった。

数あるアメ横の飲み屋で我々が選択したのがこちら、トロ函。

※トロ函の写真。

トロという響きだけで選択した。おそらく何かしらのトロが食べれるのだろう。店内はかなり混雑していたが、数分待つと席は空いた。
回転がいいらしい。星三つ確定の瞬間である。

テーブルに腰掛け、ハイボールとたこわさを2つずつ注文。
すると10秒もしないうちにモノが運ばれてきた。あまりのスピード感に一瞬うちのテーブルではないと言いそうになった。紛れもなくうちの子である。

※完食後の皿と杯の写真

注文から出てくる速度が異常なので面白がってたくさん頼んでいたらテーブルが埋まってしまった。バキュームモードに入り食事に集中する。
本丸である鮪のカマ焼きがくることには残念ながら我々は限の界となっていた。それでも食べるけど。

※残飯となった鮪の頭部の写真

酔いと胃のゲージがMAXを超えたところで店を出る。時計を見たらまだ18時前であった。どうやらアメ横精神と時の部屋だったらしい。

 千鳥足で駅前まで戻る。
少し寒くなった上野を歩きながら今日の回顧をしていた。
デートにおいて文化がどうとか、ハイソがどうとかはあまり関係ない。問題なのはそこに行くことで僕たちが面白くなれるかだ。そしてそれは場所に起因するものではなく僕たちの目線の問題なのだろう。

そもそもデートに行く目的は、どこに行くかではなく誰と行くかが大切なのだから。上野はその本質を思い出させてくれた。
また時が経ってから上野に行こう、その時は何から見ようか、そんな話をしながら帰路に着いた。